『恋路吟行』泡坂妻夫

(勝手に10段階評価。4が標準、10が最高)

 男女の恋愛を中心とした短編ミステリの作品集。表題作「恋路吟行」や「藤棚」「るいの恋人」など、10作品が収録されている。
 泡坂妻夫の作品にはいくつかの系統があるが、男女関係を中心にした作品群や、職人ものなどは、どれもみな読後に心地よい余韻を残してくれる。本書の10作も(「怪しい乗客簿」は少し違うが)やはり、余韻にどっぷりとつかれるものばかりだ。
 個人的には「藤棚」と「勿忘草」が印象深かった。「藤棚」は、母屋の玄関から庭の藤棚の横を通って残された足跡に妻の不倫を認めた夫が、復讐を果たす物語である。奇妙な歩幅の足跡から、犯人を割り当てるというミステリ要素もさることながら、結末に流れる緊迫した、しかしとても人間くさい雰囲気が心に残る。
 一方の「勿忘草」は、年上の女性への淡い恋心と、不思議な自転車盗難事件とを絡めて、その女性側の視点から描かれた恋物語である。結末のさわやかなシーン、そして粋な気遣いと、歳を忘れるほどの美しい恋心によって、読後には哀しさとともに清涼感を感じられる。
 また、「怪しい乗客簿」は泡坂らしい、言葉遊び的な作品で、他の収録作品とは異なる面白さが目立つ。そのほかの作品も、みな傑作ばかりで、何度読み返しても飽きることなく楽しめそうだ。