『キノの旅 ―the Beautiful World―』時雨沢恵一

(勝手に10段階評価。4が標準、10が最高)

 上遠野浩平ブギーポップシリーズと共に、電撃文庫、ひいてはライトノベルの代表的な作品となった人気作。
 人間キノと、言葉を話す二輪車エルメスによる旅の物語である。一つの国には三日間、そう決めて旅する二人(?)は、いろいろな国のいろいろな人々と出会う。それは楽しいことばかりではない。いや、むしろ、辛いことや悲しいことの方が多い。でも、キノは旅を続ける。止めるのはいつだってできるから。
 六話の短篇からなる本書は、良い意味で期待を裏切る作品である。アニメ化もされ、主に中高生に人気のある作品だという前情報から想像したのは、ファンタジー色が強く、スピード感があって、派手で明るくコミカルなアクションノベルであった。しかし、実際に読んでみると、その正反対であることを知り、驚いた。
 冷静でどことなく儚げなキノが訪れる国々は、どれも微妙に歪んでいる。一見ファンタジックとも受け取れるその歪みは、現実の社会に潜んでいる歪みを一方向に引き伸ばしただけのものだ。だから、実に現実的であり、同時に虚しさを感じさせる。どの国の物語も、皆一様に虚しい。楽しそうな国は登場しないのである。
 そんな国を旅するのだから、読んでいて楽しいというよりは、苦しい。そして寂しい。だけど、続きが読みたくなる。この力はどこにあるのだろうか。キノの力強い意思から湧き出ているのかもしれない。とにかく、不思議な味を持った小説であることは否定し得ない。
 ただ、全体的に単調になってしまっているのが残念である。上述したような傾向を持つ作品だから仕方ないのかもしれないが、もう少し起伏を持たせても良かったのではないかと思う。
 一方、構成についてはかなり綿密に考えられているようで、後半の展開に驚かされると共に、謎が生まれ、その謎に惹きつけられてしまった。その謎に関してはしっかりと伏線が張られているので、矛盾はないが、それゆえに謎が深まるという重層的な構造になっている。プロローグ、エピローグも上手く出来ていて良かった。
 ライトノベルと言っても、一般的な小説に匹敵する力を持っていることは多い。「ライト」であると自己定義することによって、型通りではない、冒険的な作品が生まれるのかもしれない。