血は渇いてる

吉田喜重 DVD-BOX 1
松竹 (2005/02/26)
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監督:吉田喜重
出演:佐田啓二岩崎加根子三上真一郎芳村真理、ほか
1960年、松竹、全87分
2005/06/06、NHK衛星第2「ミッドナイト映画劇場」にて放映

 東洋毛織社員の木口は、クビ切りに対抗して拳銃自殺を図ったが、老社員・金井の機転で一命を取り止めた。社会問題として報道されたこの事件を見た、昭和生命宣伝広報課の野中ユキは、木口を生命保険の宣伝に利用しようと考える。渋る木口をなんとか説得し、コマーシャル・タレントとして起用することに成功した。その戦略が上手くいき、契約高は急増したのだが、スターとなった木口は徐々に追い詰められてゆく。
 もう40年以上も前の作品で、白黒映画である。だが、そこで扱われている内容は、あまりに現代的で色褪せていない。リストラと自殺、操られたタレントに目覚めた自我、作られた自分と本当の自分。中心的に描かれるどの要素もが、現代に通じるものばかりだ。
 確かに、現代映画のスピードに慣れた人間にとっては、緩慢に感じる部分もある。また、描かれる要素が現代的であるがゆえに、ありきたりで新鮮味がないようにも思えてしまう。しかし、今ありきたりに感じるということは、公開当時は実に新鮮で、先鋭的であったことだろう。リアルタイムで見られなかったことを残念に思う。
(ネタバレの可能性あり)
 この作品で最も描きたかったのは、社会に躍らせれた一人の男の悲劇なのだと思う。主人公の木口は、大変真面目な人物である。人前で話すことが苦手で、たどたどしいしゃべり方しかできない。だが、そんな彼が徐々に自分に自信を持ち始める。周りから持ち上げられ、社会から尊敬されるなかで、真面目な彼は自分がそれだけの実力と魅力を持った人間だと信じ込んでしまう。最後まで、そう信じ続けていた彼だが、それが幻想だったと知ったとき、自分を認めてもらうために、再度拳銃自殺を図る。
 皮肉にも、自身を主張するための自殺により彼は死に、社会からも忘れられていく。ビルに掲げられていた彼の写真を使った巨大広告は、彼の死と共に、音を立てて崩れ去った。こうして、退廃的な社会に弄ばれた一人の男は、かつての人気など嘘のように、あっさりと忘れ去られていくのである。
(ネタバレここまで)
 観終えて感じるのは、社会への怒りだろうか。おそらく、そうではないと思う。そこに漂うのは、虚無感でしかない。この映画は、人間までもを簡単に消費してしまう現代社会への批判を描いてはいるが、それよりも、人間という存在の虚しさを訴えたいのではないだろうか。
 クビ切りによって、あっさりと切り捨てられる虚しさ。実存しないものに熱狂する虚しさ。それが幻想であったと気付く虚しさ。多くの人の注目を集めていても、あっけなく忘れられてしまう虚しさ。たった一つの拳銃で死んでしまう虚しさ。
 観ている時よりも、観終わってからじわじわと感慨が込み上がってくる映画というのは、良い映画だと思う。この映画は、まさにそんな感じだった。とても日本映画らしい、深みのある作品で良かった。