『きのう、火星に行った。』笹生陽子

(勝手に10段階評価。4が標準、10が最高)

 「とことんついてない日は、いつも突然のようにやってくる。」何事にも本気を出さず、クールでいることをモットーにしている主人公、山口拓馬は小学6年生。そんな彼の生活はある日を境に一変する。病気がちで療養していた弟が、突然家に帰ってきたのだ。それに追い討ちをかけるように、学校では体育大会のハードル選手に選ばれてしまう。クールな生活に邪魔が入ったことで、次第に彼の考えも変わっていく。そして、ついていない日は、いつしか懐かしい日々の中に埋もれてゆくのである。
 物語の構図としては、『ぼくらのサイテーの夏』と同様であった。登場人物の性格や配置にも似通っている部分があるので、バリエーションの一種と考えても良いかもしれない。それだけ、作者は少年の成長というテーマを大切にしているのだろう。
 似通っていると書いたが、似ていて飽きてしまうということはない。どちらも同じように傑作で、とても心地よい小説なのである。有機的につながった人間関係の中で、互いに成長していく様子は、無理なくスムーズに構成されており、丁寧さが感じられる。弟との関係の変化をキーアイテムとなるゴーグルを上手く使うことで、象徴的に表現しているところも良い。
 そして、なんといっても、『きのう、火星に行った。』という不思議なタイトルが魅力的である。おそらく、このタイトルに目を惹かれてこの作品を読んだ人もいるだろう。全くストーリーと関係がないようでいて、とても大きな意味を持っている。火星に行くというのは何を意味しているのか。それは、主人公に欠けていたもの、すなわち情熱を表しているのだと思う。彼は、弟たちとの交流の中で、それを取り戻し、物語の最後には火星に行くことができるのである。