『楽園のつくりかた』笹生陽子

楽園のつくりかた

楽園のつくりかた

笹生陽子
角川文庫 (2005/06/25)
\420(税込)
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(勝手に10段階評価。4が標準、10が最高)

 星野優はエリート中学生だ。成績優秀、頭脳明晰、パソコンも使いこなすし、人生設計も組み立て済み。そんな優は母親の一言でド田舎へ引っ越すことになった。優を待っていたのは、自然以外に何もない風景とボケ始めているおじいちゃん、そしてたった3人のクラスメートだった。
 非常にスマートなプロットで、寸分の無駄もない。巧みに配置された様々な要素が絶妙に絡まりあいながら一つの物語を紡ぎだしていく過程は見事だ。エリートとしての強い自負を抱きつつも、ド田舎で出会う出来事のなかで揺れ動く心の様子が、主人公自身の語りによって表現される。その語り口は軽妙で、時に愉快でありながらも、時に切なく、時に痛々しい。児童文学としての読みやすさを備えつつも、読みやすいだけでは終わらずに、それぞれの言葉が自生しているかのようだ。
 プロットに関しては、大変理知的に練られており、ミステリ小説のような驚きを与えてくれる。それらをここに書き連ねるなどという野暮なことは出来ないので、ぜひとも読んで、その驚きを感じて欲しい。
 笹生陽子は、周囲の人たちに溶け込もうとしない主人公を描くことが多いように思う。本作の主人公、星野優もそうだ。常に周囲を見下している彼は、他人を利用する時には利用するが、邪魔な時には無視する。もちろん、あからさまな態度を見せることはない。それでこそのエリートだ。だが、そんなエリート意識も田舎の生活の中で、徐々に崩れてゆく。その崩壊と共に、彼の心には新しい何かが芽吹き始めるのである。
 著者の十八番とも言える人物設定からくる作品の安定感。そこで描かれる主人公の心の不安定さとその成長。そして、効果的に配置された人物や小道具の数々。さらに、大胆かつ巧みな仕掛け。それらが渾然一体となった本作が傑作でないはずがない。「児童文学なんて」と食わず嫌いを言っていないで、素直に読んでみることをおすすめします。きっと、大好物になることでしょう。